出偶えた喜び(2)
さて、私は一般企業でずっと働いていたわけですが、1992年に22才で総合電機メーカーに就職して、2年間の研修期間を終えたあとは「電子回路設計」の仕事をずっとやってきました。
電子回路というとイメージが分かりにくいかもしれませんが、私が携わっていたのは携帯電話やスマートフォンに使われている部品で、具体的には、写真や電話帳のデータを記録しておく部品や、画面を表示する部品を設計していました。
私たちが部品の設計図を作り、その設計図を元に工場で部品が作られます。
完成した部品が設計した通りにできあがっているか、そういった試験を行いながら動作を確認していきます。
やることはとても多いので、ひとりではなくチームで担当して、ひとつの部品の設計を始めると、みんなだいたい六ヵ月から八ヵ月くらいは、その部品にかかりっきりになります。
そして、この携帯電話やスマートフォンに使われる部品なのですが、同じ業界内でとても競争が激しいのです。
当時はアメリカ、そして中国、韓国が台頭していて、それこそ世界でナンバーワンにならないと収益はもちろん業界内シェアも小さく、ナンバーワンだからこそ意味がある、ナンバーワンでなければ生き残れない、そういった業界でした。
やっぱりとても忙しくて、平日は日付けが変わるころまで仕事をして、本来はお休みのはずの土曜日や日曜日でさえほとんど休めないような状況がずっと続いていました。
心身ともにとてもつらいこともありましたが、幸いにも私は一緒に仕事をしていた方々に恵まれて、みんなと一緒に世界でナンバーワンを目指して仕事をしていました。
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そんな中で私生活では大きな変化がありました。
結婚し、子どもを授かることができたのです。
忙しい仕事生活を送りながらも家族を持つことができたことはとても嬉しかったし、幸せなことでした。
そしてここから、かけがえのない経験となっていく子育てが始まることになります。